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リコン3年目のふりかえり。

by LEiyA Arata

鬼は外!!!!!
ってことで2月3日に離婚届と開業届を出したあの日からはや3年を迎えました。
いやーめでたい!

離婚って言葉は、世間ではマイナスイメージが強いですが、前向きになる離婚もあるんですよ。
少なくても私は、離婚してから道がひらけました。
相変わらずアクシデントもありますが、結婚してた頃より幸せです!

良いことも悪いことも赤裸々にふりかえってみました。
記事を見て気分を害した人、先に言っときます。
ごめんやで!

結婚してよかった

結婚してみてよかったなと思っています。
苗字が変わって親族が増えて、家族が増えるということ。
嫁姑問題もなく、義両親に大切にされたこと。
ちょっとの間は、愛があったこと。
同棲と結婚とは全然違うということ。
近くなりすぎるとお互いに感謝の気持ちが薄れてしまって、傷つけ合うこと。
離婚を考えてからの4年くらい、仮面夫婦をしてみたこと。

何より、結婚前にお金の問題はきちんと話し合わないといけないってのを勉強しました!
結婚前にお給料の額を知ることや管理を話し合わなかったのが私の最大の失敗です。

離婚に至るまで

普通の夫婦。
だけど実際はダメ嫁とダメ夫でした。
「ダメな人間」
この言葉は元夫によく言われた言葉です。
言われ続けた私は、本当に私はダメな人間なんだと元夫に負い目を感じるようになった。
私は同棲するために大阪に引っ越してきてから、仕事がなかなか続かなかった。
行くとこ行くとこで問題があったし、人間関係のトラブルも多く私も巻き込まれやすい、性格的にも衝突するタイプだった。
結婚したら結婚したで、面接では
「即戦力が欲しいけど、入社してすぐ妊娠されたら困る」
と、業界柄なのかもしれないけどよく面接に落ちた。
その頃はカメラマン業界で、妊娠して仕事を干された女性もよく見てきた。
面接に落ち続けて八方塞がりになると、元夫に対して
「こんなダメな私をもらってくれたんだからありがたいと思わなきゃ。」
的なね、そんな心境になりました。
いわゆる性格の不一致と性の不一致とお金の問題で夫婦関係が破綻した頃、私にフリーの仕事が徐々に入るようになってきた。
だけど元夫は、私の仕事に理解がなかった。
普通のOLをしてほしかったらしい。
私は事務系ソフト使えないよ...なのに...笑
パソコンで作業してたらネット見て遊んでると思われて嫌味を言われたり、撮影ジャンルが気に入らなかったら制限をされたりもした。
私は離婚したいが為に、家事放棄状態で仕事詰め込んでよく県外に出張に行ったり、部屋に帰りたくなくて夜遅い仕事を入れたりしてた。
「普通の家庭ならこんなこと許されへんで!」
と更に理解されなくなったけど、それで良かった。
私はダメ嫁の道を行く!ってくらい開き直った。
性的対象に見られたくなくて、太ってやる!
ともりもり食べてたら、知らぬ間に過食症になってしまって激太りもした。笑

離婚を切り出してから4年ほど長引いたのは、離婚したいと思いつつもこんなダメ人間で病弱なのに1人で生きていけるのだろうかって葛藤があったから、平行線の話し合いだけで終わってしまって思い切った行動が出来なかったからだと思う。
夫婦関係が破綻してから元夫のお金を管理するようになったけど、本当に管理するだけで元夫のお金は私が使えるお金ではなかった。
子供がいないからなんとかやっていけるけど、自分自身の稼ぎで足りない分は、なけなしの貯金を切り崩しながら元夫の扶養控除にしがみついている状態。
周りからも、どこの家庭も皆何かしらあるしそんなもんだよと離婚を止められたりした。
今思うと友達も少なく、頼れる人も近くにいない。
旦那 殺したい でググった事がある程に、情緒不安定で冷静な判断も出来なかった。

キッカケは、やっぱりお金

元夫が実家の家業を継ぐので実家に戻ることになった。
悩みに悩んで、家業を継げば生活が安定するし、ついていくしかないのかなと諦めていた矢先の出来事。
元夫が生活費の財布を取り上げ一銭も私が使えないようにして、コツコツ貯めた貯金を2週間で70万ほど使ってきた。
それで一気に冷静になれて、両家合同で離婚会議、すぐに離婚が成立した。
義両親の前では仲良い夫婦を演じてほしいという元夫のお願いを律儀に守っていたし、義両親にはとても大切にしてもらっていたので良心が傷んだ。
2人ともが未熟だった。
元夫の去り際の言葉は、
「何様のつもりなん?ほんまに金にがめつい女やな!」
でした。
お金にがめつかったら、むしろ家業を継ぐあなたのもとで今でも暮らしていたんじゃないかしら。
どちらかが悪いわけじゃない。
お互い様の両成敗だなと思います。

離婚当時の貯金はなんと10万

引っ越しやら何やらでお金が飛び、離婚当時の貯金はなんと10万。
なんて見切り発車なの!?
だけど不思議と不安じゃなかったし、ワクワクしてた。
実家に戻るか思い切って東京に引っ越すか考えたりもしたけれど、大阪で完全にフリーランスになって、これでやってみて生活が成り立たないなら実家に戻って仕事を見つけようと思っていた。
そして、貧乏に慣れていたので最低限生きていければ良いって気持ちが私を救ってくれてたんだと思う。

離婚届と開業届を出した時に、両方共やたらニコニコしてたからか、役所の人におめでとう!と言われたのがいい思い出です。
そして、幸先よくその日のうちに新しい案件が3件舞い込んだ。
1年目の目標は元夫の年収を超えるってことでしたが、7ヶ月でクリアしました。
殆ど休みなく働いてたけど、よし!(その後体調は崩しました。休みは必要です...)

独身になって

一歩踏み出したら、世界が変わった。

毎日を楽しめるようになりました。
なんであんなに狭い世界で私はダメ人間って言葉に囚われ続けていたんだろう。
そして腹を据えたからか、メンタルが強くなったし笑うことも増えた。
友達や仲間も増えて、とても人に恵まれています。
制限されてた作品撮りや展示も出来るようになった。
病弱な部分は気力がカバーしてくれてる状態です。

今は仕事が楽しいので仕事優先で動いています。
自然と、不規則な時間を理解してくれる人たちと付き合うようになりました。

離婚した人の中には、結婚なんてもうこりごり!って人もいますが、私はまた結婚したい。
再婚するタイミングがあれば、次は労り合える夫婦と家庭をつくってみたいなとほんわりと思っています。

関わってくれた皆にありがとう

こうやって離婚・開業3年目を、恵方巻きコンパスアプリを使って、吉方向いて恵方巻を食べられているのは、私に関わってくれた皆のおかげだと思っています。
色んな事に気付かせてくれた元夫、苦しい時に悩みを聞いてくれた友達、仕事を紹介してくれた先輩カメラマンさん、私に仕事を依頼してくれるクライアントさん、アドバイスをくれる沢山の方々、そして家族にパートナー。
今後共、どうぞよろしくお願いします!


LEiyA Arata
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